資料をひらけば、昔の曽於が見えてくる
― 資料が語る、曽於市の歴史 ―
古い文書や和歌、地図には、当時を生きた人々の願いや迷い、暮らしの記憶が残されています。
資料が生まれた背景をたどりながら、曽於の歴史をのぞいてみましょう。
争いが終わったあと、人は何を願うのでしょう
祈りと言葉に残された歴史
島津家最大の内乱となった庄内の乱、そして関ヶ原の戦い――。
島津家にとって大きな試練となった二つの出来事のあとに詠まれた和歌が、今も曽於市に残っています。
困難を乗り越えた先に、何を願って詠まれたのでしょうか。
島津忠恒の奉納和歌
祝
行末もいまそ知らるる
くにくにの
あまつ御神の
めくみある世は
庄内の乱が終結した慶長5年(1600)。
島津忠恒らは住吉神社に和歌を奉納しました。
大きな内乱を乗り越えた島津家は、その先にどのような未来を願ったのでしょうか。
島津龍伯の奉納和歌
松か枝に
たちまじりたる
卯の花の
さかりはちとせ
ふべきとぞおもふ
岩清水
なかれたえせぬ
神慮
ゆくゑを守れ
わか国の人
関ヶ原の戦いから約2年。
島津家は、徳川家康からまだ本領安堵を保証されておらず、先行きの見えない緊張の中にありました。
そんな慶長7年(1602)、島津龍伯(義久)や忠恒らが投谷八幡宮に和歌を奉納します。
この和歌には、どのような思いが込められていたのでしょうか。
末吉は、どのように始まったのでしょう
二つの文書からたどる、末吉のはじまり
末吉には、各地から多くの人々が移り住みました。第一世と第二世の記録が、当時の様子を伝えています。
西郷隆盛の物語ではなく、そこで暮らしていた人たちの記録
戦乱に翻弄された、ある村の日々
西南戦争は、西郷隆盛の物語として語られることが多くあります。この日誌には、明治10年(1877)、月野村で暮らしていた人たちが、当時どんな状況だったのかが記されています。
資料を見る志布志郷月野村事務取扱所出張による西南戦争時の記録日誌です。
- 戦傷病者送りなどの駕篭や馬の割り当て
- 兵糧運搬の馬の調達
- 農兵出兵依頼
記録が絶え村の人々が山中に逃げ隠れていたといいます。
夫役などの達しで始まります。「人馬残らず差し出し候様」と記されています。
夫役:夫役(ぶやく)とは、領主や政府が農民に課した労働義務のことです。
約100年前の町を歩いてみよう
地図クイズに挑戦!
大正15年(1926)の末吉町と、昭和6年(1931)の財部町。地図から当時のまちの様子を探してみましょう。
物語の続きは、資料館で
デジタルでは伝えられない、紙の大きさや質感、筆跡の力強さ、書き写しの跡など、実物資料の魅力をぜひ現地で体験してください。
末吉歴史民俗資料館で見られること
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考古資料
各遺跡から出土した土器・石器・獣骨 -
歴史資料
曽於の歴史を伝える資料 -
民具資料
暮らしを伝える資料
施設情報
- 開館時間9:00〜18:00
- 休館日曽於市立図書館末吉本館と同じ
- 入館料無料
- 所在地鹿児島県曽於市末吉町二之方2019
- 駐車場あり(無料)
